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                     (采女城跡および周辺の植物を中心とした自然)

1 内部地区自然の概要 
                          
 内部地区の西方約20qには自然豊かな鈴鹿山系がそびえ、1200m内外の山並みが南北に連なる。標高は日本アルプスにはおよばないが、冬季の気候はこれに勝るとも劣らない厳しい環境があり、この気候的影響を受けて日本海側要素の植物が多く分布する場所である。

 この鈴鹿山系の東麓には広大な水沢扇状地が広がり、その東端に位置するのが内部地区である。このため少なからず地史や・気候的影響を受けており、植物分布地理学的には、日本海側山地を分布の本拠地とするタニウツギや東日本要素のクサソテツが自生し、更に伊勢湾周辺に分布するスズカカンアオイなど特異的な植物がみられる。伊勢湾河口から僅か5qにあるこの地域は北伊勢地方でも類を見ない自然豊かなところである。
また、内部地区の中央を流れる内部川は、これらの植物をはじめ多くの野生生物を育む重要な存在である。この地域では、猛禽類を頂点とする生態系が営まれていることも分かり、中でもオオタカの生息・営巣はこの地域が豊かな自然であることを裏付けるもので、重要な意味をもつ。


2 豊かな自然が残った要因

 「内部の自然」、とりわけ采女城跡および周辺の自然環境への重要な要因は内部川の存在にある。本川は、鈴鹿国定公園宮妻渓谷を源流として清らかな流れが約25qにおよび、鈴鹿川と合流して伊勢湾に注ぐ。約6千年前の地球温暖期の日本では「縄文海進」と呼ばれる海水面の上昇が起こり、采女城跡付近の内部川流域は海域であったと想像される。現在の地名の貝家・波木の名はその名残りであるともいわれる。その後に海退が進み、伊勢路見取図(1806年明治初期)では「内部川は塩浜村で海に落ちる」とある。古くは内邊川とも書き、また、三重郡の南端を流れるこの川を三重川とも呼び、古くからこの流域は人々に親しまれ、豊かな暮らしと文化を生み出してきたところでもある。また、今日の豊かな自然を育んだ一大河川でもある。

 内部川は采女城跡付近で足見川と鎌谷川が合流し、河床は古生層の硬質砂岩やチャート・粘板岩、そして花崗岩からなり、これらの堆積の影響で内部地区から河口までは緩やかな流れとなる。このことが、付近一帯に適度な湿度をもたらし、湿潤な環境は植物の生育を促した。また、采女城跡周辺は戦中・戦後を通じて殆ど開発の手が及ばなかったところで、このことが1945年に米進駐軍が撮影した航空写真でもよくわかる。ことに北に続く四日市市南部丘陵公園とは大きく異なる。これらの要素が「内部の豊かな自然」に結びついていると考え
る。

3 この地方での植物遷移(移り変わり)

 四日市市南部丘陵公園から南に続く丘陵地には新第三紀鮮新層(泊山層群)が広がり、これは数百万年前にできた地層で、主にチャート・砂岩・粘板岩から構成される軟弱な地盤である。このような場所は元来痩地のためその環境に適した陽樹のアカマツが生育し、植物遷移(せんい)の先駆的樹種となる。その林床には日当たりを好む低木のヤマツツジが芽生え、アカマツーヤマツツジ群落を形成する。このような光景はこの地方のかっての里山を代表し、いたるところで見られた。やがて土壌の肥沃化が進みコナラ・アベマキ・ネジキ・リョウブなどの落葉広葉樹が生育し、コナラを優占種としたコナラ林へと遷移してきた。

 コナラは北海道から九州に分布する落葉性の高木で、冷温帯下部から暖温帯にかけて生育する。名前は「小さい葉の楢(なら)」の意味。伐採されても切り株から「ひこばえ」(萌芽)を形成して再生する。このように萌芽再生能力が高いために薪炭林の主要樹種となり、二次林を構成する代表的な樹種でもある。かっては内部地区の里山では20〜30年サイクルで伐採が行なわれてきた。

 さらにコナラの成長が旺盛になると林床では日照が弱くなり、常緑で光沢のある広い葉をつけるシイ類、カシ類、タブノキなどの常緑広葉樹が生育するようになる。この地方では海岸部から平野部にかけてはシイ類(ツブラジイ・スダジイ)や、タブノキを中心とした林から森へと移行していく。この状態で人手が加わらずに安定状態に達した時に、その森を極相林(この地方でおよそ200〜300年という長い時間がかかる)と呼ぶ。このような一連の植生の移り変わりを植物遷移という。


 采女城跡では、1950年代まで里山管理が行なわれてきたが、燃料革命と共に放置されたために現在では落葉広葉樹(コナラ・アベマキ)と常緑広葉樹(アラカシ・コジイ・タブノキ)の混交林が存在する。

4 おもな植物構成

 采女城跡および周辺には、内陸部の植物が中心となり、ここでは斜面南東に流れる内部川および足見川の河川の影響を受ける。そこには、規模は小さいがタブノキ林、アベマキ林、シイ林、コナラ林、タニウツギ群落の5タイプの林分が確認できる(図参照)。

 @南西から南東にかけての斜面下部では、ベルト状にタブノキ・アラカシが多く見られ、ことにタブノキは胸高直径60p以上におよぶ巨木をはじめ生育の著しいものがみられる。タブノキの生育立地としては、豊富で安定した水分が必要な場所を好む。

 Aその上部にはコナラやアベマキが多く出現し、この地方では珍しいアベマキ林が見られる。アベマキは一名ワタクヌギとも呼ばれ、皮部からコルクがとれる。主として水分環境のよい平らな場所に分布する。亜高木層にはアラカシなの常緑樹が出現し、うっそうとした樹冠を形成する。

 Bさらにその上部の急傾斜地には僅かではあるがシイ林(コジイ)が発達する。
 シイは茨城県以西の温暖な地域を中心として、身近に生育している樹木である。その実(種子)は“ドングリ”の愛称で親しまれ,炒って食べられる。シイの実は小さいものから大きなものまで,とても変化に富んでいる。一般に小さい実の個体をコジイ,大きな実の個体をスダジイと区分される。タブノキが湿気の多いところに自生するのに対して、シイは乾燥土壌を好み住み分けをしている。

 C全体では過去に薪炭などの目的で伐採が行なわれ、後に二次林を構成するコナラが多く出現する。コナラは北海道から九州に分布する落葉性の高木で、冷温帯下部から暖温帯にかけて生育する。名前は「小さい葉の楢(なら)」の意味。伐採されても切り株から「ひこばえ」(萌芽)を形成して再生し、萌芽再生能力が高いために薪炭林の主要樹種である。

 Dもうひとつのタイプは、植物分布地理学的にも貴重なタニウツギ群である。本来、タニウツギは日本海側の豪雪地帯の山地・里山に自生するが、過去の気候変動の中で、間氷期に鈴鹿山系に分布を広げてきたものが、水沢扇状地を伝って東進してきたものと推察される。


5 今日に残った貴重な植物

 内部川はその昔、暴れ川の異名がつけられたように河川の氾濫や川の流れの変化が著しいところで、ことに内部川に鎌谷川・足見川が合流し、しかも、大きく蛇行する水衝地付近では堤防決壊が度々生じてきた。氾濫の多い旧小松村では北小松・南小松へと村が2分されたことも記される。平常は緩やかで清らかな流れを見せる内部川の中にも貴重な植物が自生する








@ クサソテツ(おしだ科)
 多年生のシダの仲間で、古くから東北地方や信州では食用に利用されてきた代表的な山菜で、「こごみ」とも呼ばれ若葉を食用にする山菜の絶品である。北海道から九州までの山野に分布し、沢沿いの草原や湿原に大きな群落を作ることがある。北伊勢地方では、鈴鹿山系の山中や山麓で自生するが、都市部に近い丘陵地に自生する記録はない。河川敷の砂地に群生し、采女城跡付近から内部橋付近までの狭い範囲に限られる。
 采女城跡は文治年中(1180年代)、伊勢平氏の後藤兵衛基清がこの地に城を築いたといわれ、内部川を望む複雑な丘陵地形の尾根を利用した東西200m、南北250mに及ぶ。西側から北にかけては深い谷がめぐり、鈴鹿山系からの西風をまともに受けるところです。また、南側から東側にかけても谷が入り込んでいる。このような環境の中に貴重な植物が自生する。

A タニウツギ(すいかずら科).
 日本の固有種で、北海道西部から本州の中国地方までの主に日本海側山地から脊梁山地に生育する落葉性の低木。ウツギという名前は、枝や幹が中空になることや、谷間に自生することに由来し、スイカズラ科の花木で、ウツギの仲間ではない。北伊勢地方では鈴鹿山系の山中から山麓にかけて多く自生し、同様に養老山系にも山中から山麓に自生することが知られている。内部地区の丘陵地で群落が見つかったことは植物分布地理学的にも貴重である。生育規模は2ヘクタールで60株以上を確認した。

B スズカカンアオイ(うまのすずくさ科)
 常緑の多年草で、東海地方の山地や丘陵地に生育する。カンアオイ類で、采女城跡斜面下部のごく狭い範囲に散生している。他のカンアオイ類との比較は萼筒と萼裂片の長さを比較すると、萼裂片の方が長く大きいのが特徴です。

C アベマキ(ブナ科)
 采女城跡の斜面中段の平坦地にアベマキ林が発達している。アベマキは,クヌギによく似た落葉高木であるが,葉の裏に星状毛が密生し灰白色で,樹皮にはふぞろいの粗い縦線があり,コルク層が発達するので区別できる.昔から薪炭材,シイタケ栽培の原木などによく利用されてきた。また樹皮の厚いコルク層は,木栓としても利用されてきた。日本海側では山形県まで分布するが,多くは本州中部以南に分布する暖地性の植物である。県内に広く分布する二次林は,コナラが優占しているところが多いが、本林分は,二次林か植林されたものかは定かでないが,これほどまとまったアベマキ林は北伊勢地方では珍しいといえる。.


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